フラメンコについて

スペイン、アンダルシアの文化であるフラメンコを、日本人であり「人生かけて修行中」である私が語るのはおこがましく、 また、歴史や文化の面でのフラメンコを語るにはまだまだ勉強不足なので、ここでは「私のフラメンコ」について少しお話をさせていただきます。

 

フラメンコはその独特の鋭いリズムの中で、歌に合わせて、ギターのメロディを感じて 踊りが絡んでいくもので、踊りありきでBGMとして歌やギターがあるわけではありません。また振り自体に言葉や感情を表現する意味は特になく、曲を進行していくための合図として、動きやリズムの変化、強弱で展開を奏者に伝え、それらをお互いに感じあって即興で展開しているものなのです。それを日常に置き換えて分かりやすくたとえると 自分が先導してドライブをすることに似ています。自分が知った道、行きたい道を自分のペースでどんどん走っていくのか、 後続車がちゃんとついて来られるように、安全についてきやすいように思い図りながら、でも進む道を見失わず目的地への到着を目指す・・。

 

また料理にも似ています。

その時にある食材を使って一番おいしい調理法を即座に考え、でも食べる人のことを思い、どのタイミングでどの味付けのものを出すか。それは自分の得意料理をどんどん作っていくことではなく、食べる人においしく食べてもらえる配慮と工夫をつねに意識して提供すること・・。

 

そこにあるのは愛を含んだ配慮です。

フラメンコを踊るには「主張と配慮をバランスよく持ち合わせていることが大切な条件であり、必要な資質だと考えています。そこに年齢や体型は関係なく、踊るための運動神経やリズム感だけが重要とされるわけでもありません。また、踊りを学ぶ上で最も見るべき部分は自分自身の姿です。 先生や上手な先輩を一生懸命見ることではなく、なりたいイメージをしっかり持って 今自分がどうあるか、どうすればそこに近づけるのかを自分で見出せるように 格好悪い自分をしっかり見つめることが上達の近道だと思います。

 

フラメンコは人生そのもの。

踊りを学ぶ上で大切にしたいこれらの意識で日常を過ごすことが人が人として生きていく、まさに「人生」の意味となってくるような気さえしています。

 

このように奥深く、魅力を感じるすべての人を受け入れ その人ならではの個性を魅力として引き出すことができるフラメンコの楽しさを、1人でも多くの方に知ってもらうことが私の目標であり人生の生きがいとなっています。

 

~フラメンコを伝えるにあたって~

フラメンコを始める動機やきっかけは様々だと思います。私自身、ただ体を動かしたいということ衣装への憧れ、ただそれだけで始めたように覚えています。学びすすむうち、振りばかりは習えるものの、それに伴っての疑問が湧くことが増え、でもその疑問に向き合ってくれる師と出会うことが出来ず教室ジプシーになりかけたこともありました。

 

そんなときに出会った上林功氏に「踊る」こと以前に「フラメンコ」であることを気付かせて頂き、それまでの向き合い方とはガラリと変わり、もっと真・芯・信を持って探求していきたいと思うようになりました。

 

フラメンコである上で重要なことは かっこいい振り付け、難しい足を打つこと、ではなくすべての人に明確に伝わるリズムを心地よく発信することであり技術だけでは無く、人としての配慮や主張をバランスよく持ち合わすことだと思います。歌やギターをBGMとして踊り手が独りよがりにやるものではなく常に配慮と敬意を持ち、その中でこうありたいと主張をできるようになること、そこに共演者たちが寄り添いあうことが本当の意味での三位一体のフラメンコと言えると思うのです。 もちろんそれを踊りで表現するには身体的なトレーニングも不可欠ではありますが・・。

 

mijo

主宰/講師 福島美帆